2009年3月28日土曜日

Hahn 2001


「アナクシマンドロスと建築家たち」という題の風変わりな本。奇妙な本であると著者も自分で冒頭に書いていますが、これを出版したのは哲学科の准教授で、古代ギリシア哲学の専門家。
アナクシマンドロスと言えば、最初の哲学者たちのうちのひとりとして挙げられる人物で、彼が宇宙論を考え出した発想の原点には古代の建造技術が関わっていると記しています。

Robert Hahn,
Anaximander and the Architects:
The Contributions of Egyptian and Greek Architectural Technologies to the Origins of Greek Philosophy.
Suny Series in Ancient Greek Philosophy
(State University of New York Press, New York, 2001)
xxiii, 326 p.

Contents:
Introduction
Chapter 1: Anaximander and the Origins of Greek Philosophy
Chapter 2: The Ionian Philosophers and Architects
Chapter 3: The Techniques of the Ancient Architects
Chapter 4: Anaximander's Techniques
Chapter 5: Technology as Politics: The Origins of Greek Philosophy in Its Sociopolitical Context

最初の哲学者たちと古代エジプト建築との関わり、ということを問えば、例えばイオニア地方にいた哲学者タレスが影の実測を用いて、初めてピラミッドの高さを計測した逸話などが思い出されます。それまで実用的な技術を発達させてきた古代エジプトの考え方を、はじめて幾何学へと結晶させたといった言い方がなされる部分。ですから話題そのものとしては、決して珍しくはありません。けれども、古代エジプトから古代ギリシアへの実際の建築技術の伝播については、これまでほとんど詳しく分かっていないはずです。

タレスの考え方を批判的に継承したのがアナクシマンドロスで、こうしたソクラテス以前の哲学を見ていくと、それぞれが大旅行者であり、その旅程のさなかで「世界の全体」というのは何かということを絶えず頭の片隅においていた思索者であり、また全体の論を組み立てるために「万物の根源」へと考えを遡行させていった偉大な夢想者であったことが良く了解されます。アナクシマンドロスはこのような過程で「アルケー(根源・始原)」ということを言い出しました。つまりは考古学(アルケオロジー)の先達者と言うことになります。
ソクラテス以前の諸考察に関して精読をおこなったマルティン・ハイデガーが「古来から存在が問われてきた」という内容の「存在と時間」を20世紀に発表し、各分野に大きな影響を与えたことも併せて思い起こされます。

しかしこの本の面白い点は、バダウィのいわゆる「ハーモニック・デザイン論」を否定しているCAJ 1:1(1991)に掲載されたB. J. ケンプとP. ローズの論、"Proportionality in Mind and Space in Ancient Egypt"も検討したりと、古代エジプト建築の計画論に関わる最近の研究史の概要を提示しているところにあります。こういう本格的な論考を、エジプト学関連の刊行物の中ではまだ見ることができません。
これは大きな収穫で、エジプト学に直接関わっていない人から見ると全体としてどういうふうに眺められるのかが良く分かり、基本的な問題点がはっきりする利点があります。事情が良く分かっているC. ケラー、G. ロビンズ、D. オコーナーなどに著者が直接相談していることもあって、ここまでの論旨は明瞭。彼らはいずれも良く知られたアメリカのエジプト学者たち。オコーナーはケンプと共同で発掘調査もおこなっており、ケンプの良き理解者です。
ただし、うまく纏められた論述ですけれども、266ページではE. イヴァーセンの名前を"Iverson"と綴っていたりもしますので、注意が必要。

アナクシマンドロスの天体論・宇宙論が、古代ギリシアの柱のドラムの形状から発想されたという辺りに対しては大きな異論も出るでしょうが、古代ギリシア建築と古代エジプト建築との計画方法の関わりを密接に説いている本として貴重です。
古代エジプト建築の研究者D. アーノルド、また古代ギリシア建築を専門とするA. オルランドス、R. マルタン、J. J. クールトンらの名前が同じ章の中に出てきます。イオニアの神殿では柱の根元での太さと高さとの比が1:10になることの検証が144ページから続き、周到な論の運びなのですが、これがどうして宇宙の大きさの話となってしまうのかが謎。

クメール研究においても、建物の遺構における特定の寸法が実は天体の位置関係をあらわしているのだといったような、建築学的にはどうしても首を傾げざるを得ないことを表明しているこの種の本があって、

Eleanor Mannikka,
Angkor Wat:
Time, Space, and Kingship

(University of Hawaii Press, Honolulu, 1996)
341 p.

なども、また同じ理由で論駁されるべき図書。

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