2010年6月12日土曜日

Haring and Kaper (eds.) 2009 / Andrássy, Budka and Kammerzell (eds.) 2009


記号によって情報を交換する古代からのシステムを考えようという本が二冊、続けて出されました。双方とも国際会議の記録。ふたつには関連があって、同じ人たちが双方に関わっていたりします。
二冊目の序文には、

"The congress was connected both conceptually and in terms of its central topics to a preceding conference, ..."
(p. vii)

と書かれていますから、この二冊を別々に考えるのではなく、むしろセットとして考えた方が良いのでは。
先に開催されたレイデンの会議のまとめが

B. J. J. Haring and O. E. Kaper (eds.),
with the assistance of C. H. van Zoest,
Pictograms or Pseudo Script?
Non-textual Identity Marks in Practical Use in Ancient Egypt and Elsewhere
.
Proceedings of a Conference in Leiden, 19-20 December 2006.
Egyptologische Uitgaven 25
(Peeters, Leuven, 2009)
vii, 236 p.

で、この一年後にゲッティンゲンにて開かれた会議の記録が

Petra Andrássy, Julia Budka and Frank Kammerzell (eds.),
Non-Textual Marking Systems, Writing and Pseudo Script from Prehistory to Modern Times.
Lingua Aegyptia, Studia monographica 8
(Seminar für Ägyptologie und Koptologie, Göttingen, 2009)
viii, 308 p.

となります。

記号による情報伝達が注目されているのは、文字による伝達を過信することへの戒めに他なりません。文字史料が残ってさえいれば、これを信じて尊重したくなりますし、事実、エジプト学の進展には、碑文学による成果が大きな影響を与えてきました。
しかし文字は、果たして本当のことを伝えているのかどうか。書くことによって「捏造」がおこなわれているのではないのか。そもそも、人が「記す」という行為自体が「捏造」に加担するのではないのか。当時に文字が書ける人間がどれほどいたのか。
こうした点は、イギリスのJohn Bainesなどが特に強調してきた問題意識。

この覚醒が指摘されるようになって、これまではあまり注意が向けられてこなかった単なる記号や簡単な書きつけなども、考察の対象に含めようという動向が出てきました。
つまり今までは、文字だったら解読してその情報を疑いもなく受け入れてきた傾向が見られましたが、そこでもたらされる意味は歪んでいて、真実のごく一部分しか伝えていない可能性があるように思われるため、今度は情報の伝達を目的としてなされた古代における人間の行為全体をすくい取るにはどうすればいいか、という求めが問われているわけです。
すでに紹介しているPeden 2001や、Bülow-Jacobsen 2009の意図とも繋がってきます。

従って対象は多岐にわたり、記号論が参照されたりもします。背景のシステムを探るという作業ですから、暗号解読、あるいはパズルを解くことにほとんど近い仕事ともなります。
建築の世界では、建造者たちが書きつけた記号の分析によって、労働者組織や建築生産体系がどこまで明らかになるのか、という話題と結びつけられることが少なくありません。

日本近世の城郭の石垣にも似たような記号が石ごとに刻まれていたりしますが、やることは地域や時代を問わず、一緒です。エジプトの他に、ミノア期におけるクノッソスなどの宮殿でうかがわれますし、西欧中世の石造によるカテドラルでもおこなわれていたことは良く知られている事実。
二冊の本は両方とも寄稿者は多いのですが、ただ、想定される情報伝達システムの立ち起こしを目指している割には、どれもこれも前途は多難だという印象を抱かせます。

まずは、両方の本に論考を執筆している者たちの文章を読み比べると面白いかもしれません。書き分けがうまくなされているか、という点です。
それはこのパズルを、生活の営為の中で古代の人間がどのように工夫したかという原点に、誰がより深く引き寄せることができているかを探ることと繋がってくるように思われます。

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